通説以上、陰謀論未満

他のブログと異なる点:論文や学術本を根拠に示しているため、より信頼度の高い情報を提供いたします。

非公開=悪、黒塗り文書=悪 とは限らない

「非公開の委員会」「黒塗りの文書」と聞くと、悪いことをひた隠しにしているようなイメージを受ける。しかし、ノルウェーの社会科学者 ヤン・エルスターらは、非公開のメリットを指摘する。さらに、行政文書を黒塗りにしなければならない場合もある。今回は、そうした低い透明性のメリットを紹介する。

 

政府の委員会を非公開にすることで、もちろんデメリットはある。参加者が特定団体の利益を代表することで、民主主義的な議論から離れてしまう可能性がある。公開されていなければ、国民にバレない形でこっそり「私を支持してくれる大企業に有利な法律を作ろう」という政治家が出てきてしまう。

 

委員会を非公開にすることのメリット

しかし、エルスターは非公開にすることのメリット/公開することのデメリットを指摘する*1

 

エルスターは、非公開の1787年フィラデルフィア憲法制定会議と、公開された1789年のフランス憲法制定国民会議とを比較した。エルスターによると、「フィラデルフィア憲法制定会議での議論の多くは、実に質の高いものであり、偽善的な言葉が極めて少なく、合理的な議論に基づいたものであった。これとは対照的に、フランス憲法制定国民会議の議論は、レトリック、デマ、過剰入札(overbidding)に大きく汚染されていた」という。

 

ここで言う「偽善的な言葉」とは、国民に好かれるためのポピュリスト的な発言を指す。委員会が公開されると、委員に参加する政治家などは、常に発言が国民に晒されることになる。そうすると、誤報や煽りを用いて国民を操作したり(manipulation)、国民が言って欲しいことを代弁するだけになったり(pandering)、意見を柔軟に変えられずに断固とした姿勢を見せようとしたり(image maintaining)、次回の選挙を意識した浅い推論に終始したりしてしまう*2

 

逆に委員会を非公開にすると、国民にアピールする必要がなくなる。すると、普段は自分と対立している政治家からの意見も、意見の内容さえ正しければ、素直に賛同/妥協することができる。「仲の悪いあの政党の議員に賛同するなよ」という支持者からのプレッシャーが無いからだ。

 

加えて、非公開にすることで社会の秩序を保つことができる。

企業が決算発表前に重要な情報を漏洩してしまうと、株価に大きな影響を与えてしまう。それと同じように、例えば建築物や道路に関する委員会の内容を公開すると、地価が高騰する可能性があり、社会的に望ましい意思決定を妨げてしまう。したがって、委員の発言で世の中がパニックになりうるセンシティブな議題の場合、委員会を非公開にしなければならない。

 

上記をまとめると、非公開の委員会は

①国民に媚びるポピュリスト的な意見が減り、柔軟な議論ができる

②社会の秩序を保つことができる

といったメリットを持つ。

 

行政文書を黒塗りにする理由

「透明性が低い」として槍玉に挙げられるのが、黒塗りにされた政府の文書だ。「情報公開を請求したら、全て黒塗りでした!政府は悪いことを隠そうとしている!」と怒る国会議員の様子を、メディアで見たことがあるかもしれない。

しかし、政府は情報を必ずしもひた隠しにしたいのではない。非公開委員会の二つ目のメリット「非公開にすることで社会の秩序を保つ」と同様、社会を混乱させないために黒塗りにする場合があるからだ。

 

総務省は、開示できない情報の例に、以下の二つを含めている*3

 

(5) 審議・検討等に関する情報で、意思決定の中立性等を不当に害する、不当に国民の間に混乱を生じさせるおそれがある情報(審議検討等情報)
(6) 行政機関又は独立行政法人等の事務・事業の適正な遂行に支障を及ぼす情報(事務事業情報)

すなわち、間違った解釈によって国民の間で混乱を生じさせるのを防ぐために、法的な解釈が確定していない審議中の資料は、黒塗りになることが多い。

 

例えば、インターネットの規制に関する法律を省庁が審議していたとする。その法律の内容は、局次長が承認した後、部長が承認し、局長が承認し、長官が最終的に承認するというプロセスを踏むと仮定する。局次長への説明資料では「インターネット規制に関する新しい法律は、ゆるい規制にしよう」というニュアンスだったが、長官が最終的に承認したのは「インターネット規制に関する新しい法律は、非常に厳しいものにしよう」というニュアンスに変化された内容だった。

上記の背景があったと仮定し、ここで、ある国会議員が局次長への説明資料の情報公開を求めたとする。説明資料の内容は、ほとんど黒塗りにされていた。国会議員は「政府は内容をひた隠しにしている!」と怒るべきか?

いや、そうではない。

なぜなら、局次長への説明資料=途中段階の解釈が公開された場合、「インターネット規制に関する新しい法律は、そこまで厳しくないようにしよう」という最終権限を持つ人に承認されてしていないニュアンスが広まり、それを見たIT業界が「ゆるい法律ができるのか!」と誤解してしまうからだ。

 

行政文書が情報公開請求される際、その内容の解釈がまだ確定していなければ、社会の混乱を避けるために黒塗りにされなければならない。

 

まとめ

非公開の委員会や黒塗りの文書を見た時、「何かを隠そうとしている!」「透明性が低い!」とすぐにネガティブな印象を持つのは止めよう。

非公開や黒塗りにすることで社会の混乱を防ぐ上に、とりわけ非公開の委員会には、国民に媚びるポピュリスト的な意見が減り、柔軟な議論ができるというメリットがあるからだ。

 

*1:Simone Chambers (2004) "Behind Closed Doors: Publicity, Secrecy, and the Quality of Deliberation", Journal of Political Philosophy, Volume 12, Issue 4 p. 389-410

*2:羽鳥剛史、小林潔司、鄭蝦榮(2011年)「討議理論と公的討論の規範的評価」、土木学会論文集、Vol. 69、No. 2、p. 101-120、https://www.jstage.jst.go.jp/article/jscejipm/69/2/69_101/_pdf

*3:総務省「開示請求できる文書・できない文書」、https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/gyoukan/kanri/jyohokokai/kaiji.html