ふるさと納税ほど経済学者から嫌われている制度は無い。特定のグループから批判されたインボイス制度と異なり、おしなべて批判的な意見が多い。
本記事では、ふるさと納税の欠陥を、論文と共に紹介する。
ふるさと納税の基本的な仕組みについては、さとふるの解説が分かりやすい。
制度自体を理解したい方は、まずこの記事を読んでから戻ってきてほしい↓
それでは、ふるさと納税が批判されている5つの側面を、論文等を引用しながら紹介しよう。
- ①ふるさと応援<返礼品目当て
- ②全体の税収を減らしている
- ③地方と都市の格差が是正されない
- ④地方税の原則に反している
- ⑤金持ち優遇制度
- まとめ:「個人にとっては最高、全体にとっては最悪」のふるさと納税
- 改善案:返礼品を社会的投資へ
①ふるさと応援<返礼品目当て
総務省は、ふるさと納税を「『今は都会に住んでいても、自分を育んでくれた「ふるさと』に、自分の意思で、いくらかでも納税できる制度があっても良いのではないか」、そんな問題提起から始まり、数多くの議論や検討を経て生まれた」と説明する*1。
しかし、ふるさと納税の利用者は、「北海道〇〇市の自治体を応援したい」ではなく「返礼品のカニが食べたい」という動機から利用している。
これは、経験値から予測できるだけでなく、データとして現れている。
先行研究の議論より、ふるさとの応援ではなく返礼品の有無で寄付が行われていることが分かっている*2。
したがって、ふるさと納税は「ふるさとを応援したい/特定の自治体を応援したい」という本来の趣旨から外れている。
②全体の税収を減らしている
トータルの税収が減る悪影響に関しては、日経新聞の解説が分かりやすい*3。
実は寄付が増えるほど、国民全体の「隠れ負担」が膨らむ仕組みが埋め込まれている。
ふるさと納税をすると寄付額から2000円を引いた金額分、住んでいる自治体や国に納める税金が減る。たとえば大阪市の住民が受け入れ先で首位の宮崎県都城市に3万円を寄付すると、税負担は2万8000円軽くなる。実質2000円の負担で1万円相当の返礼品を受け取れるとする。
この場合、寄付した大阪市の住民は8000円分の得になる。都城市も返礼品の調達費1万円を差し引いた2万円分のプラスになる。
一方で損をするのは大阪府・市だ。本来受け取れたはずの住民税が減るためだ。寄付者の所得水準などにもよるが、2万2000円の減収と仮定。自治体は税収が減ればサービスを削るか借金をするので、影響を受けるのは住民全体だ。国も受け取るはずだった所得税(国税)が6000円減る。あまり知られていないが、ふるさと納税で税収が減った自治体に75%を補填する制度があり、1万6500円を大阪府・市に払う。国は計2万2500円を負担することになる。
国から自治体への補填は「年に数百億円規模になるのでは」(総務省幹部)という。ぶぎん地域経済研究所の松本博之上席研究員は「寄付した人が得して、それ以外の国民が損する仕組み」と指摘する。
実際に、国立国会図書館の専門調査員 深澤映司らの論文を見ると、返礼品競争によって、純収入を少なくとも7.5%減少しているという*4。
つまり、ふるさと納税の利用者が増えれば増えるほど、本来受け取れるだった税収が減るのだ*5。
③地方と都市の格差が是正されない
ふるさと納税によって都市部のお金が地方に流れ、格差が是正される、と語られることもあるが、これも怪しい。
橋本恭之 関西大学経済学部教授らの研究によると、地域間の税収格差是正効果はきわめて小さい*6。
財務省財務総合政策研究所客員研究員の末松智之氏の分析によると、返礼率競争は、むしろ自治体間格差を拡大させるという*7。財政力の弱い自治体にも関わらず、ふるさと納税の恩恵を十分受けていない事例もある。
さらに、23年現在のふるさと納税制度を対象にした東京財団政策研究所の分析によると、都市部から地方にお金が流れるという趣旨に反して、都市部から都市部にお金が流れているという*8。
以上の研究により、ふるさと納税は、都市部と地方の税収格差を是正する制度としては不適切だ。
④地方税の原則に反している
住民税を含む地方税には、「住民は地方公共団体の行政サービスによって利益を受けるため、その利益に応じた税を負担すべき」という原則(「応益性の原則」)がある*9。
「地元の図書館、学校、医療、介護、防災サービスを享受する代わりに、その分税金を払いましょうね」という、しごく当たり前のルールだ。
ふるさと納税は、自分の住んでいない=行政サービスを享受していない市に地方税を移すため、この原則から逸脱している。この点は、多くの論文で問題視されている*10。
⑤金持ち優遇制度
ふるさと納税は、金持ちにとって有利な節税手段だ。
自己負担が2,000円のままで寄附できる上限は、高額所得者ほど高くなり、高額所得者に対して有利な節税策を提供するものとなっていることが挙げられる。これは典型的なタックス・エクスペンディチャーと呼ばれる事実上の補助金政策であり、その利用可能性が高額所得者ほど有利となっている*11。
ニッセイ基礎研究所によると所得水準の上位1割のうち、ふるさと納税利用者は3.48%。下位1割の6倍にのぼる。「高所得者ほど制度を使っている」(高岡和佳子准主任研究員)。高所得者がふるさと納税から恩恵を受け、中低所得者を含めた国民全体が負担するという構図だ。*12。
まとめ:「個人にとっては最高、全体にとっては最悪」のふるさと納税
返礼品をめぐる議論を中心に、ふるさと納税は社会にとって上記のような悪影響が指摘されている。
一方で、個人にとっては、ふるさと納税の利用は非常にお得だ。
ここが最もタチが悪いところで、私たち一人一人にとってはふるさと納税を使った方が良いが、利用者が増えれば増えるほど社会は悪くなる。
利用者や一部の自治体が得している限り、廃止しましょう、という流れは考えにくい。
となると、いかにマシな制度に改善していくか、と前向きに考えなければならない。
改善案:返礼品を社会的投資へ
ふるさと納税をマシな制度にするため、社会的投資としての寄付を促進すべきだ。
既にいくつかの自治体で、返礼品の代わりに社会的投資としての寄付を募っている。
例えば、ふるさと納税で被災地の復興を応援したり、
地域の起業家を応援したり、
返礼品狙いから、より良い社会への応援に転換するべく、自治体も工夫している。
ふるさと応援という趣旨が消え、全体の税収を減らし、都市と地方の格差是正に貢献せず、地方税の原則に反し、金持ち優遇の制度。
しかし、そんな評判の悪い制度を少しでもマシにするために、こうした社会的投資としての寄付を促進すべきだ。
*1:総務省「よくわかる!ふるさと納税」、https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/jichi_zeisei/czaisei/czaisei_seido/furusato/about/
*2:橋本恭之、鈴木善充(2016年)「ふるさと納税制度の現状と課題」、会計検査研究 No.54、https://www.jstage.jst.go.jp/article/kaikeikensa/54/0/54_13/_pdf/-char/ja
*3:日本経済新聞(2017年)「ふるさと納税 光と影(下)『隠れ国民負担』数百億円?」
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO11960210Q7A120C1EE8000/、太字筆者
*4:Eiji Fukasawa, Takeshi Fukasawa and Hikaru Ogawa (2020) "Intergovernmental competition for donations: The case of the Furusato Nozei program in Japan", Journal of Asian Economics, Volume 67, https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S1049007820300221?casa_token=t2SDS75notAAAAAA:tzsylfNIQ5O2wBcX35i_oJxvFm4rPjFFgxvHxEalJrorgIFArLu-Mj-62905fnlHEnQxvt8Ry-Av
*5:山内(1997年) は、 「寄附促進税制による税収減以上に寄附支出が増加しなければ、寄附優遇税制は効率性の観点からは正当化されない」と言う(橋本恭之、鈴木善充(2015年)「ふるさと納税制度の検証」、日本財政学会第72 回大会、http://www2.itc.kansai-u.ac.jp/~hkyoji/PDF/JPF20151017.pdf)。つまり、ふるさと納税の寄付額合計よりトータルの税収減が大きければ、効率性の観点から正当化されないと考えられる。
「寄付の効率性」に関する研究は1970年代からある。興味のある方はフェルドシュタインなど先駆的な研究を調べてみてほしい。
*6:橋本恭之、鈴木善充(2015年)「ふるさと納税制度の検証」、日本財政学会第72回大会、http://www2.itc.kansai-u.ac.jp/~hkyoji/PDF/JPF20151017.pdf
*7:末松智之(2020年)「ふるさと納税の返礼率競争の分析」、PRI Discussion Paper Series (No.20A-04) 、https://www.mof.go.jp/pri/research/discussion_paper/ron323.pdf
*8:平田英明(2023年)「歪み続けるふるさと納税(1)制度の変遷と生じた問題」、東京財団政策研究所、https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=4298
*9:総務省「地方税の意義と役割」、https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/jichi_zeisei/czaisei/czaisei_seido/150790_02.html
*10:橋本恭之、鈴木善充(2016年)「ふるさと納税制度の現状と課題」、会計検査研究 No.54、https://www.jstage.jst.go.jp/article/kaikeikensa/54/0/54_13/_pdf/-char/ja
*11:橋本恭之、鈴木善充(2015年)「ふるさと納税制度の検証」、日本財政学会第72 回大会、http://www2.itc.kansai-u.ac.jp/~hkyoji/PDF/JPF20151017.pdf
*12:日本経済新聞(2017年)「ふるさと納税 光と影(下)『隠れ国民負担』数百億円?」https://www.nikkei.com/article/DGKKZO11960210Q7A120C1EE8000/、太字筆者