経団連第5代会長の中西宏明氏が「日本の雇用慣行を見直すべき」と提言してから、ジョブ型雇用の波が再び始まった*1。それと同時に、ジョブ型に対する過大な幻想も広まっている。本記事では、ジョブ型に対する3つの誤解と、あまり注目されていないメリットを解説する。
誤解1「ジョブ型は成果主義」
ジョブ型はしばしば「労働時間より成果が評価される」「能力が評価される」と説明されるが、これは間違いだ。
労働政策研究・研修機構労働政策研究所長の濱口桂一郎氏は、ジョブ型を以下のように説明する*2。
ジョブ型の賃金制度は、職務に基づく賃金制度です。ジョブに値札が付いています。比喩的に言えば、あらかじめ椅子に値札が貼ってあって、その既に値段の決まっているポストにヒトが採用されて座るのです。(中略)まずジョブディスクリプション(職務記述書)があるわけです。そこに書かれている職務をちゃんとやれるかどうかということを判定して職務に就けます。そこで技能水準を判定しているのです。その職務に値札が付いているので、それで賃金が決まります。逆にいうと、職務に就けた後は、よほどのことがない限りいちいち査定しないのがジョブ型の社会です。ここは多くの日本人がまったく正反対に勘違いしているところです。
つまり、ジョブ型では(上層部を除き*3)社員の成果や能力は評価されない。給与が付いた職務=「イス」に、公募によって人が座り、その人が職務範囲内の仕事をこなしたかどうかだけに重きを置いているからだ。
例えば、公募した経理部長の職務記述書に「現金出納ならびに財務・税務を管理する」と書かれていたとする。ジョブ型では、そこに採用された人がどれだけ流暢な英語を話そうが、どんなに難しいプログラミングができようとも、それらの能力は全く評価されない。経理部長という職務で給料が決まっているため、職務が変わらない限り給料も上がらない。
回答用紙が100点満点であれば、120点の成果を出そうが200点の成果を出そうが、それは無駄や努力だ。
濱口氏によると、上層部から末端の労働者まで評価されるのは、むしろメンバーシップ型だという*4。先ほどの引用部分で指摘されている通り、ここは多くの日本人が誤解しているところではないか。
誤解2 「ジョブ型で生産性が上がる」
ジョブ型である欧米諸国と比べて、日本の生産性上昇率が特別に低いわけではないため、「ジョブ型にすれば生産性が上がる」とは言い切れない*5。
誤解3 「日本はメンバーシップ型で、ジョブ型ではない」
そもそも「日本はメンバーシップ型であるため、これをジョブ型に変換していこう」という前提が誤解だ。
濱口氏によると、日本は、労働法やその判例がジョブ型で、大手企業の採用方針はメンバーシップ型だという*6。
「日本は資本主義で、中国は社会主義」の粗さと同じように、複雑な制度を一単語で表そうとすることに無理がある。こうした誤解を防ぐために、法律、その判例、採用方針、各産業など、複数の切り口から分析しなければならない。
もちろんジョブ型にはメリットも
ここまで散々ジョブ型の悪口のようなことを言ったが、残念ながら真実は複雑だ。
逆張りだけしてスッキリするわけにもいかず、ジョブ型の良いところも評価しなければならない。
あまり語られていないジョブ型のメリットは、①残業が減る ②女性に優しい の二つだ。
①残業が減る
伝統的な日本企業では、プライベートを犠牲にして「残業できます!」というやる気が評価される。求められる職の範囲が決まっているジョブ型と異なり、より柔軟に働く「便利屋」が評価される仕組みだからだ。
経済学者の熊沢誠教授によると、70年代〜90年代の日本的経営において、柔軟に働ける(「機能的フレキシビリティ」)こと、およびプライベートを犠牲にして「残業できます!」と言えるやる気(「生活態度としての能力」)が重視されるようになったという*7。
ジョブ型へ転換することで、契約時に決まった範囲内の仕事さえすれば定時で帰れる。
②女性に優しい
2023年にノーベル経済学賞を受賞したクラウディア・ゴールディン教授は、労働市場における男女格差の一因を示した。
「長時間労働や柔軟に働くことで、給料が上がる」という職場があると、夫は長く働き、妻は子育てをするようになる。この分業が、男女格差につながるという*8。長時間労働がやる気として評価される職場では、残業や休日出勤できる夫が、そうできない妻より給料が高くなってしまう。
「長時間労働や柔軟に働けば給料が上がる」という職場自体を「決められた仕事をこなせば、残業する必要がない」というジョブ型に転換することで、この問題が改善される。残業でやる気をアピールしなくても、決められた仕事をこなせば女性も男性と同等の給料をもらえる。
最後に
ジョブ型の議論には、他にも数多くの観点が存在する。
労働組合が企業別になるか産業別になるか*9、引退後の社会保障をどうするか、大学を仕事に役立つ内容で充実させるべきか、管理職公募やポジション別採用を先に導入するべきか等々、、、。
「実力が評価される」「生産性が上がる」という分かりやすい過大評価に惑わされてはいけない。
労働市場に関わる社会問題は非常に複雑であり、全体像を理解するためには大量のリサーチが必要だ。
*1:山田久(2020年)「第1回 なぜ今ジョブ型雇用か 過去にもブームあったが定着せず」日経BP、HumanCapial Online、https://project.nikkeibp.co.jp/HumanCapital/atcl/column/00002/100200001/
*2:濱口桂一郎(2022年)「多くの日本人が真逆に誤解「ジョブ型雇用」の本質 時間でなく成果で評価?生みの親が間違いを正す」、東洋経済ONLINE、https://toyokeizai.net/articles/-/479368、太字筆者
*3:濱口桂一郎(2021年)『ジョブ型雇用社会とは何か: 正社員体制の矛盾と転機』、岩波新書
*4:同上
*5:門間一夫(2023年)「日本経済の見えない真実-『成長戦略』に必要な視点」、独立行政法人経済産業研究所、https://www.rieti.go.jp/jp/events/bbl/23052601.html
*6:同上
*7:熊沢誠(1997年)『能力主義と企業社会』、岩波新書、p. 34〜59
*8:クラウディア・ゴールディン(2023年)『なぜ男女の賃金に格差があるのか』(鹿田昌美 訳)、慶應義塾大学出版会
*9:職種ごとに賃金が決まるジョブ型では産業別労働組合、企業ごとに総人件費を交渉するメンバーシップ型では企業別労働組合になる