通説以上、陰謀論未満

他のブログと異なる点:論文や学術本を根拠に示しているため、より信頼度の高い情報を提供いたします。

「坂本龍馬」という、ほぼ架空の人物について

日本人の「坂本龍馬像」は、ほとんど事実に基づかないといっていいだろう。これは私個人の意見では無く、多くの学者が指摘していることだ。「薩摩と長州の間に立って同盟を結ばせた」「大政奉還を成功させた」「船中八策を書いた」「亀山社中という名前の組織を作った」「子供の頃はか弱い少年だった」.....こうしたエピソードは否定されている。否定されているエピソード→誤解の原因となった小説→本当の功績、の順で解説する。

 

坂本龍馬に関するいくつかの誤解

薩長同盟の誤解

薩長同盟というと、「坂本龍馬西郷隆盛桂小五郎を説得し、一日で手を結ばせた」というイメージがあるかもしれない。しかし、幕末政治史学者の町田明広 教授によると、いわゆる薩長同盟」の前から、薩摩と長州は銃と米を交換する「同盟」のようなものが結ばれていたという*1。加えて、同盟を示す文書のようなものはなく、口約束だったという*2

 

以下の日経新聞の記事も参考になる*3

 

この会談は日本史の教科書で「薩長同盟」「薩長連合」と呼ばれ、江戸幕府を倒す契機になった軍事同盟と解釈されてきた。

しかし近年、歴史学者の間では「薩長はまだ幕府を倒すことは想定しておらず、軍事同盟とは言えない」(青山忠正・仏教大学教授)との知見が優勢だ。「薩長が敵とみなしたのは徳川幕府ではなく、京都政界を牛耳っていた一橋慶喜(後の15代将軍)や会津桑名藩だった」(家近良樹・大阪経済大学教授)との見方も強い。

 

大政奉還船中八策の誤解

いくつかの学術本を参考にした記事*4によると、大政奉還を成功させたのは、後藤象二郎の実績であり、坂本龍馬は異なる路線で動いていたという。

加えて、明治維新史を研究する知野文哉氏によると、「龍馬が大政奉還を唱えた」という船中八策は、そもそも存在しなかったという*5

 

亀山社中の誤解

坂本龍馬が「作った」亀山社中は、幕府に警戒されていた長州藩のために、薩摩藩名義で武器や軍艦を買い、運搬したとされている。しかし、幕末政治史学者の町田明広 教授によると、長州の伊藤博文は、「亀山社中は存在せず、軍艦や武器の購入はしていない」と証言している*6

さらに、「社中」はグループという一般名詞であり、「亀山」は明治以降に勝手に付け加えられたされたものだという。

 

小説が偽物の「坂本龍馬像」を作った

以前、ストーリー仕立てにした歴史小説には事実と異なる内容が多いため、歴史を学ぶ手段としては危険であることを述べた。

happa-shuzo.hatenablog.com

坂本龍馬に関する上記の誤った内容が普及したのも、歴史小説、およびそれに基づくドラマの影響が大きい。

有名どころでいうと、司馬遼太郎による『竜馬がゆく』という小説の悪影響だ。司馬遼太郎による誤った歴史描写は、しばしば「司馬史観」と揶揄され、彼の本で正確な歴史を学ぶことはできない。

 

他にも、坂本龍馬「少年時代は賢くなかった」「寝小便をしていた」「文字を覚えるのが苦手だった」としばしば描写されるが、裏付ける一次資料は無い坂崎紫瀾の『汗血千里駒』という小説によって龍馬の少年時代が創作され、広まってしまったという*7

 

「龍馬が飛び込んできて手を結ばせた」という誤った薩長同盟の描写も、土佐勤王党が「維新の時に頑張ったから評価してよ」とアピールするために大正元年に書いた『維新土佐勤王史』という本から広まったという*8

 

かといって、坂本龍馬は「凄くない」わけではない

上記の修正点を見ると、坂本龍馬は偉人では無いのではないか?という疑問を持つかもしれない。しかし、何も功績を残していないわけではない。

 

高知県立坂本龍馬記念館主任学芸員の三浦夏樹氏によると、坂本龍馬は、薩長同盟」を揺るぎないものにするための情報操作を行なったという*9。意図的に情報をリークさせたことによって、政治的つながりに貢献した。

 

幕末政治史学者の町田明広 教授によると、坂本龍馬が書いたとされる「大条理プラン」が、薩土盟約及び大政奉還に影響を与えたという。

 

 

 

坂本龍馬は「凄くない」のではなく、「凄さの内容」が勘違いされている。ドラマや小説で刷り込まれてきた「坂本龍馬像」から脱し、研究に基づく新たな坂本龍馬像に注目する必要がある。

*1:NHK(2023年)「[歴史探偵] 坂本龍馬薩長同盟に果たした真の役割とは?| NHK」、https://www.youtube.com/watch?v=NqQG-zBFVdI

*2:坂本龍馬桂小五郎に対して裏書した書状があるだけだという。

*3:日本経済新聞(2016年)「坂本龍馬薩長連携に奔走 幕末維新の群像(4)」https://www.nikkei.com/article/DGXLASJB02H39_Y6A900C1960E00/

*4:こはにわ歴史堂のブログ(2014年)「あんまり書かれない坂本龍馬https://ameblo.jp/kohaniwa/entry-11910613146.html?frm=theme

*5:知野文哉(2013年)『「坂本龍馬」の誕生: 船中八策と坂崎紫瀾』、人文書院

*6:町田明広(2019年)『新説 坂本龍馬』、集英社インターナショナル新書

*7:こはにわ歴史堂のブログ(2014年)「あんまり書かれない坂本龍馬https://ameblo.jp/kohaniwa/entry-11910613146.html?frm=theme

*8:同上

*9:NHK(2023年)「[歴史探偵] 坂本龍馬薩長同盟に果たした真の役割とは?| NHK」、https://www.youtube.com/watch?v=NqQG-zBFVdI