通説以上、陰謀論未満

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商店街を潰した「大店法」の正体

と末恐ろしいタイトルを付けたが、本記事では、「大店法」という悪名高い法律について、研究者の本を参考にしながら解説する。イトーヨーカドーや地元の商店街は、「大店法」下でどのように繁栄・衰退したのだろうか。

 

大店法」により、大型商業施設が強く規制される

1956年、商店街など中小小売を守るため、大型小売の百貨店を規制する「第二次百貨店法」が制定された。しかし、百貨店と同じ大型小売である総合スーパーは、百貨店法の規制を逃れていることから問題視されていた(「擬似百貨店問題」)。

そこで1973年に施行されたのが、大規模小売店舗法(以下「大店法」)だ。具体的には、総合スーパーを含む大型店を設置する際に、店舗面積を削減し、遅く開店/早く閉店させ、休日日数を増加させるよう調整した。その後、各地方に置かれた協議会(商工会議所下の商業活動調整協議会)が、それぞれ追加でルールを定め、大型商業施設の進出がより困難になったダイエー、イトーヨーカ堂西友ジャスコ、ニチイといった大手総合スーパーの対前年の売上高成長率は、著しく下がった*1

 

大店法」の緩和・廃止により、大型商業施設が発展

日米貿易摩擦が激しかった当時の1980年代〜90年代において、日本に対するアメリカの当たりは非常に厳しいものだった。そんな中で、アメリカはこの「大店法」を問題視した。1989年〜90年の日米構造問題協議で、アメリカは「大店法が対日輸出を阻害している」として、大店法の廃止を要求した。具体的には、大型小売である「トイザらス」が日本に出店しづらいことを例に挙げた。もっとも、輸入品の取り扱いと大店法による大型店規制の因果関係は示されておらず、アメリカの要求はこじつけに過ぎないものだったが、貿易摩擦下の日本はその要求を受け入れてしまった。

 こうした背景から大店法規制緩和が進み、バブル崩壊後の地下下落による参入コストや運営コストの低下も相まって、大型商業施設が参入しやすくなった。今では誰もが知っているGAPやコストコなどは、このタイミングで日本進出する。こうした大型商業施設の参入により、近隣の商店街の経営は厳しくなった。

 

大店法」の本当の問題点

学者の指摘する「大店法」の問題点は、アメリカの批判とは少し異なる。

 

経営学者の田村正紀教授によると、大店法によって流通システムの変化に適応する力が長期的に低下し、中小小売業者の起業家精神の芽生えを妨げる機造が形成されてしまったという*2

 

エコノミストの小峰隆夫氏によると、非公式にルールを追加してしまったことが大店法の問題点だった。小峰氏は、「本来の法律の規定を越えて、行政指導や地方公共団体の方針で、大規模店舗進出への事実上の規制が行われていた」と主張する*3

前述した通り、大店法制定後、地方の商業活動調整協議会はそれぞれ非公式にルールを追加し、大型小売への規制を強化した

 

ちなみに小峰氏は、「大店法が消費者の利益になってなかった」というよくある批判に対して、次のように反論している。

日本の政治・行政が「消費者(生活者)」中心ではなく「生産者中心」になっているという点は、米国側の主張どおりである。前述のように大店法の目的には「消費者の利益の保護」という言葉が入ってはいる。しかしそれは「配慮する」であり、主目的ではない。本当の目的は、地元中小小売業の保護であり、要するに既得権益の擁護である。

 

「まちづくり三法」の欠陥により、大型商業施設が郊外へ

 大店法をめぐる歴史の流れに戻ろう。2000年に大店法は廃止され、代わりに「まちづくり三法」が施行された。「まちづくり三法」の一つ大規模小売店舗立地法(以下「大店立地法」)は、それまでの大店法とは大きく異なっていた。大店立地法は、第一次百貨店法から大店法までの「大型小売v.s.中小小売の構図の中で、中小小売を守る」という発想ではなく、「地域社会や消費者のために、大規機小売店周辺の交通渋滞、騒音などの生活環境の悪化を防止すること」を重視した。

 

 「まちづくり三法」には、大型店の郊外への出店によって、中心市街地の空洞化を防ぐ目的があった。しかし、制度的な欠陥により、むしろ郊外への大型店立地をより促してしまう仕組みになっていた。

 

「改正まちづくり法」により、改善

 そこで2006年、上記の問題等を改善するための「改正まちづくり法」が制定され、実質的に大型店の郊外出店が規制された。具体的には、中心市街地にさまざまな都市機能を市街地に集約させる「コンパクトシティ」の実現を目指し、都市計画法建築基準法の改正等が行なわれ、延べ床面積が1万平方メートルを超す大型商業施設の出店に関しては、立地条件にある程度の抑制がかけられるようになった。

 

まとめ

以上が大店法をめぐる大まかな流れだ。稚拙な表現でまとめると、大店法によって大型小売が弱まり、大店法緩和・廃止によって大型小売が強まり、「改正まちづくり法」によって大型小売が強くなりすぎるのを防いだ、という流れだ。商店街を含む中小小売は、その逆と考えて良い。

ただ、この「大型小売v.s.中小小売」という構図だけで理解してはならない。大店法の「大型小売v.s.中小小売」という枠組みでは、適正な配置(イトーヨーカドーを街のどこに建てるか、など)ができなかったからだ。その反省を活かし、地域住民と商業施設、自治体が一体となって対応する方向に変化した。それぞれの地域の特性を踏まえた上で、まちづくりと商業施設を同時に検討しなければいけない

 

商店街や流通史を研究する満薗勇・北海道大学准教授は、望ましい流通のためのヒントを与えてくれている。

 商店街の裏退は、地域住民としてのわたしだらに不安や生きづらさをもたらしてきました。「自営業の世界」から「パート・アルバイトの世界」へという就業機造の変化は、働く者としてのわたしたちに不安や生きづらさをもたらしてきました。乗用車の利用を前提とした郊外への商業展開は、買物弱者という新たな問題を生み出すことにもつながりました。望ましい流通のあり方を構想する際には、「誰にとってどう望ましいのか」を常に問いかけ、社会全体を見渡す広い視野を忘れないことが大切です*4

 

(補足)

①「小売りの安売り体質は、役所の制度設計ミス」という意見

diamond.jp

 かつて流通は大規模小売店舗法大店法)に守られ一度、出店してしまえばライバルの小売店が出てくるまで時間があった。それどころか、出られない状態が長いこと続いた。最初に出店した企業は、大店法に守られ、その間にガッチリと客をつかんで、後は安泰という図式を作り上げた。

 今や全く逆の構図。今日の街中の光景を思い出してほしい。なんと流通業が多いことか。コンビニは下手すると道路を挟んで、向かい合わせになっている。ドラッグストアも間隔を置かずにあるケースも少なくない。もちろん、スーパーも至近距離にある。

 小売りの安売り体質の根底にあるのは、出店を野放図にし、業界を過度な競争へと陥れた役所にほかならないのではないか。

 

②「大規模店が参入しても、周辺の中小店舗が減るわけじゃないよね」という研究

www.rieti.go.jp

*1:満薗勇(2021年)『日本流通史: 小売業の近現代』、講談社、p. 193

*2:田村正紀(1981年)『大店法問題』、千倉書房

*3:小峰隆夫(2015年)「大規模小売店舗法の議論―日米構造協議と経済摩擦(2) 小峰隆夫の私が見てきた日本経済史」、日本経済研究センターhttps://www.jcer.or.jp/column/komine2/index724.html

*4:満薗勇(2021年)『日本流通史: 小売業の近現代』、講談社、p.393