通説以上、陰謀論未満

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アメリカ大統領の権限は、そこまで強くない

日本の首相に比べて、アメリカ大統領の権限は強く見られがちだ。しかし、日本の首相の権限は強く、アメリカ大統領の権限は国内政治において比較的弱い。その理由を3つ説明する。

理由を述べる前に、まず二つの大前提を押さえて欲しい。

アメリカ大統領は執行*1のみ、日本の首相は行政と立法の二つとも握っている(かつ日本の司法は行政と結びついている)

故に、アメリカは三権分立が厳密で、日本はあまり三権分立していない

 

この二つの大前提を頭に入れておくと、これから説明する3つの理由がすっと入ってくるだろう。

理由①予算権限がないから

アメリカ大統領は、予算案を提出できない。というのも、立法権がない=議会に議席を持たない故に、そもそも法案を提出できないからだ

アメリカ政治に詳しい方は、「大統領にだって予算教書があるじゃないか」と思うかもしれない。確かに大統領には、年に一度「予算教書」と呼ばれる次年度の予算案の公表ができる。しかし予算教書は、議会に行き着く時にはほとんど違う内容に修正されてしまうのが常だ*2

 

一方で日本の首相は、国会に議席を持つ最大与党の議員が、行政のトップも務める。立法も有しているために、予算案を提出できる。

 

理由②議会を解散できないから

アメリカ大統領は、議会の解散権を持ってない。これは、「支持率が高い時に議会を解散をすることで、次の選挙で勝ちやすくする」「反対派を消すために、一度議会を解散し、反対派のいる選挙区にわざと強い候補者をぶつけ(「刺客を送る」という)、反対派を潰す」という日本の首相が過去に行ってきた裏技*3が使えないことを意味する。

とりわけ後者は、小泉元首相が郵政民営化に反対する自民党議員に対して使った裏技だ。

 

ちなみに、上記はあくまでアメリカ大統領と日本の首相の違いであり、大統領制と議院内閣制の違いではない。例えばオーストラリアの大統領は、議会の解散権を有する。ドイツはナチスの反省から、簡単に議会が解散されない仕組み(「建設的不信任案」という)を持つ。

 

理由③司法が抑制するから

これは大統領だけでなく議会にも当てはまるが、アメリカの司法は日本より強い

裁判所は、議会や大統領の暴走を抑制するため、彼らの政策が憲法に違反していないか、審査する役割を持つ(judicial review)。例えば、「2015年2月には当時のバラク・オバマ大統領が、不法移民の一部を強制送還から免除しようと大統領令に署名したが、テキサス州の連邦判事が差し止めを命令」した*4

 

なぜ弱いのか

なぜアメリカ大統領の権限は、国内政治で弱いのか。それは、イギリスにおける議院内閣制の執行権が、あまりにも強すぎた歴史を持つからだ。

 

アメリカは、イギリスの圧政から独立した歴史を持つ。そうした背景から、「絶対に独裁を作ってはいけない」というマインドが厳密な三権分立に組み込まれている。実際にアメリカ合衆国憲法を作ったハミルトン、マディソン、ジェイは、執行府、立法府、司法府が互いの権限に踏み込みすぎないよう、監視し合う仕組みの重要性を主張していた*5

厳密な三権分立の下、大統領は議会と司法に厳しく監視されているのだ。

 

もちろん強い面もある

ただ、真実は複雑でつまらない*6もので、ある面で大統領は「強い」。

例えば、「執行権しか」持たないといっても、今日のアメリカ政治において、その執行権自体は強力だ。日本では首相と大臣(内閣)がほぼ同じ目線だが、アメリカでは長官(内閣)が大統領のサポート役として機能するアメリ政治学者の久保文明によると、「アメリカの大統領は、立法に関しては弱い立場におかれているが、行政権に属することについては、ある意味できわめて自立的な決定権限を握っている」という*7

加えて、アメリカ大統領は国家元首でもある。一方で日本は、首相とは別に天皇国家元首を務めるため、天皇が日本の象徴となる。国家元首であるアメリカ大統領は、象徴として国民からみて大きい存在にみえる。

 

国内政治において、アメリカ大統領は日本の首相より権限が弱いことを説明した。日本人から見たアメリカ大統領は、あくまで日本と外交をしている=国内政治の力とは関係ないシチュエーションに置かれた「別の」大統領である、という一歩引いた冷静な目線が必要だ。

*1:ここでいう執行はexecutiveを訳したもので、議会が作った法律を運用することだ。省庁が行う行政(administrative)と厳密には異なるが、読みにくい方は執行を行政と読み替えていただいても良い。

*2:Molly E. Reynolds (2023) "The president’s budget and the battle ahead", Brookings Institution, https://www.brookings.edu/blog/fixgov/2023/03/10/the-presidents-budget-and-the-battle-ahead/amp/

*3:裏技と表現しているのは、本来の議会解散の使われ方と異なるためだ。議院内閣制における本来の解散の趣旨は、国会が内閣に不信任案を提出することで、国民に政権の良し悪しを問うことだ。しかし、日本の場合、内閣不信任案が通ることはほとんどなく、上記の裏技(いわゆる「7条解散」)が用いられてしまう。

*4:BBC News Japan(2017年)「米国は憲政の危機に? 大統領vs司法」、https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-38891182.amp

*5:アレクサンダー・ハミルトン、ジェームズ・マディソン、ジョン・ジェイ(1788年)『ザ・フェデラリスト』 斎藤眞、中野勝郎訳(1999年)、岩波文庫

*6:真実は難しい - happa_shuzoの日記

*7:久保文明(2010年)「アメリカにおける政権交代-日本との比較 ~権力分立制、政治任用制、および分極化した政党制のもとで~」、東京財団政策研究所、https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=701#h_3