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一院制は危ない

日本政治は、衆議院参議院を両方有する「二院制」の形をとっている。しかし戦後には、「参議院は、衆議院と同じことしてるから要らないじゃん」という批判があった。さらに、2007年以降に衆参で多数派が異なる「ねじれ国会」が常態化し、「参議院が強すぎて、政治が全然動かないじゃんか。政治をすぐ動かせるように、一院制にしようよ」と、二院制が批判されてきた*1

それでは、二院制を廃止して一院制を導入すべきだろうか。いや、導入すべきではない。一院制を導入することで、悪い政策がすぐ決定されてしまうリスクがあるからだ。

 

まず、フランス革命後の政治、戦後の金森徳次郎国務大臣の発言、東京財団政策研究所の分析を参照しながら、一院制のリスクを解説する。

その後に、一院制賛成派の参議院批判を検証する。

 

フランス革命後の恐ろしい一院制

フランス革命後、思想家シェイエスらの影響を受け、一院制国民公会が設立された。その後、激しい権力闘争が行われ、ジャコバン派ロベスピエールによって事実上の独裁(「恐怖政治」)が行われた。

 

結果、「虐殺や粛正など多くの悲劇を引き起こし、ほんの3年で幕を閉じ」た*2

その反動としてテルミドールのクーデターが起こり、ロベスピエールは失脚、独裁政権が崩壊する。

 

一院制が独裁、社会の混乱を生んだ一例だ。

 

戦後の金森徳次郎国務大臣の主張

日本国憲法が制定された際、政府は「衆議院の暴走を止めるために参議院が必要。だから一院制ではなく二院制にしよう」と主張していた。

 

1946年6月28日の衆院本会議で、金森徳次郎国務大臣は、一院制で十分と考える共産党議員の野坂参三に対して「国政ガ慎重ニ行ハレ」るために二院制が必要と反論した*3

つまり、憲法が作られた時点で、すでに一院制のリスクが議論されていた。

東京財団政策研究所「一院制はリスク高いよ」

では、「一院制がリスキー」にみえるのは、歴史の偶然だろうか。金森の主観だったのか。

定量分析をしてみると、偶然でも主観でも無さそうだ。

東京財団政策研究所の「政治のリスク分析」プロジェクトは、「確率微分方程式にウィナー過程を採り入れて不確実性から生まれるノイズを模した上で、一院制と二院制とで国民全体の厚生がどのように変動するかについての簡易なシミュレーションを行った」という*4

 

国民の厚生が全体のトレンド(傾向)から5%以上プラス・マイナス双方向に乖離する確率は、一院制では4.7%、二院制では0.62%となった。つまり一院制は二院制に比べ、国民全体の厚生を大きく改善できる可能性がある一方、大きく損なう危険性もある。(中略)たとえば周辺国から不当な攻撃を受けた直後に衆院選が行われれば、衆議院の構成は極端に右派に偏る可能性があり、政策も極端に右寄りに偏りかねない。二院制であれば、そういう時には参議院衆議院の抑制役として機能する。

 

一院制は、二院制より手続きがスピーディーになるため、危険な法律も素早く通ってしまう。考えてみれば当たり前の話だが、重要な発見だ。

 

加えて、手続きがスピーディーになると、少数派が法案の採決を先延ばしにすることで廃案に追い込む戦術(いわゆる「日程闘争」)を使えないため、多数派に有利な=少数派に厳しい制度になる。

 

つまり、一院制になることで、危険な法律や少数派に不利な法律がスピーディーに決定されてしまう。

 

 

それではここで、一院制賛成派の意見も見ていこう。

 

一院制派「二院制だと政治が動かないじゃん」

「逆に、二院制だとその分法案を拒否する可能性のある議員が増え、改革が進まないのでは?」と思うかもしれない。

確かに一理ある。

実際、日本で「強い参議院が法案を拒否するために、なかなか法案が通りずらい」という批判があったことは、冒頭に述べた通りだ。

しかし、必ずしも「拒否する議員が多い=改革しにくい、柔軟では無い」とは限らない。

 

政治学者のスコット・ゲルバッハとエドモンド・マレスキーが旧ソ連諸国の経済改革を分析したところ、拒否権を行使する議員が増えることで、既存の利益団体の力が弱まり、むしろ改革しやすくなるという*5

加えて、複数の視点を持った拒否権行使者が混在することで、改革しやすくなるという。

 

この研究から、二院制で拒否権を行使する人が増えたとしても、「拒否する議員が多い=改革が進まない」とは限らない

 

 

一院制派「参議院衆議院カーボンコピーだから要らないじゃん」

参議院は、衆議院で可決されたほとんど全ての法案を参議院が可決している。衆議院カーボンコピーである参議院は不要」という二院制批判もあった。

しかし、ゲーム理論に基づく分析によると、衆議院は、後に参議院に否決されるような法案を、最初から審議しようと思わない。したがって、結果的に参議院衆議院カーボンコピーかのように錯覚するだけだという*6。 

 

実際に、戦後、衆議院参議院の意向を気にしながら政権運営していたことが指摘されている。更に、2004年から2017年を対象とした研究においても、参議院で野党議員が委員長になると、政府は(「どうせ否決されるから止めよう」と、)国会に提出する法案を減らしていたという*7

 

以上の研究により、参議院は「衆議院のマネをするだけで存在価値が無い」のではなく、「否決したい法案がそもそも降ってこないので、衆議院の真似をしているように見える」だけだ。

 

まとめ

以上の議論をまとめると、

  • 一院制は、危険な法律や少数派に不利な法律がスピーディーに決定されてしまうため、リスクが高い
  • 「拒否する議員が多くても、改革できる」「参議院衆議院カーボンコピーのように錯覚するだけ」なので、参議院は要らない=一院制で良い、とは言い難い

となる。

 

もっとも、既存の二院制が完璧、参議院の制度が完璧、という話でも無い。

二院制や参議院について詳しく知りたい方は、参議院に存在意義はあるが、改善の余地あり」という内容の『参議院とは何か 1947〜2010 (中公叢書、竹中治堅)』を一読していただきたい。

https://www.amazon.co.jp/%E5%8F%82%E8%AD%B0%E9%99%A2%E3%81%A8%E3%81%AF%E4%BD%95%E3%81%8B-1947-2010-%E4%B8%AD%E5%85%AC%E5%8F%A2%E6%9B%B8-%E7%AB%B9%E4%B8%AD-%E6%B2%BB%E5%A0%85/dp/4120041263

*1:加藤創太(2021年)「日本における二院制はどうあるべきか――「カーボンコピー」論と「強すぎる参議院」論を超えて/[第1部]世界の中で見た日本の二院制」、東京財団政策研究所、https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3726#h1

*2:同上、https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3728

*3:衆議院憲法審査会「本会議 昭和21年6月28日(第8号) 関係会議録」、https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kenpou.nsf/html/kenpou/s210628-h08.htm

*4:「日本における二院制はどうあるべきか――「カーボンコピー」論と「強すぎる参議院」論を超えて/[第2部]日本の二院制をどう考えるか:分析の視点」、https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3727

*5:Gehlbach, Scott, and Edmund J. Malesky (2010)"The Contribution of Veto Players to Economic Reform", p. 957-975

*6:浅古泰史・森谷文利(2023年)「活かすゲーム理論 オンライン・コンテンツ5.1」、ワイネット

https://www.yuhikaku.co.jp/yuhikaku_pr/y-knot/ws/20005p_05_1/

*7:Naofumi Fujimura (2019)"The Influence of Committee Chairs on the Legislative Process and Outcomes: Chairs’ Agenda-Setting Power to Deter Government Bills in Japan", European Consortium for Political Research,  https://ecpr.eu/Events/Event/PaperDetails/45906