政府や会社が「今後成長するだろう」という時、「(これらのデータから)今後成長するだろう」という予測ではなく「今後成長するだろう(と願いたい)」という希望的観測をしてしまうことがある。予測に願いを混ぜてしまう失敗はしばしば指摘されるが、本記事では、シュンペーター、日本陸軍、ワープロといった例を用いて、その失敗を説明する。
「創造的破壊」の概念を考案した20世紀の経済学者シュンペーターは、「社会主義(「中央の権威が生産手段と生産自体を管理する制度」)はある程度有効に機能すると思うよ。ただ、ある予見をなすことは,けっして予言した出来事の進行を願っていることを意味するものではないからね。」という趣旨の主張をしている*1。
すなわち、社会主義の有効性を予測した一方で、社会主義を望んでいるわけではないという。こうした根拠ある予測と根拠のない主観的な希望的観測は、区別されなければならない。実際は根拠が無いのにも関わらず、根拠のあるものとして広まってしまうからだ。
区別できなかった例として、以下の例が挙げられる。
希望的観測の例①中期経営計画
起業の中期経営計画は、予測に希望的観測を混ぜてしまうことが多い。過去の伸び率を根拠に今後の成長率を予測している計画もあれば、根拠の無い希望的観測であるにも関わらず、それを「予測」と呼んでしまう計画も散見される。
ハーバードビジネススクールの名誉教授であるウィリアム・サールマンは、ベンチャー企業の計画がいかに希望的観測に溢れているかを、以下のように説明する*2。
「新しい会社の財務予測、特に1年以上にわたる詳細な月次予測は、想像の産物である。起業したばかりのベンチャー企業は、利益はおろか、収益を予測するにはあまりにも多くの未知数に直面している。しかも、目的を達成するために必要な資金と時間を正しく予測できる起業家は、ほとんどいない。そのため、起業家は楽観的な見通しを立て、計画を水増ししてしまう。(拙訳)」
希望的観測の例②戦争時の日本陸軍
日本が第二次世界大戦で負けたのは、参謀幹部の希望的観測が一因だった。第二次世界大戦では、日本陸軍のトップである参謀幹部が、戦争を仕掛ける決意をした。彼らは、短期戦では勝つ予測をしていた一方、長期戦では「こうやって勝てればいいな」という願いが多分に含まれていた。戦争を仕掛ける決意に慎重だった海軍は、「開戦して3年目以降は予見できない」と考えていたという*3。
もちろん陸軍だけが敗因ではないし、当時の陸軍を目の敵にすべきではない。しかし、多くの場面(ポートモレスビー作戦、ガナルカナル作戦、インパール作戦など)において、日本が「戦況が良くなったらいいな」という希望に任せていた点は否めない。
日本軍の失敗は、その他多くの本によって解説されている。
希望的観測の例③株式投資
株式投資で失敗する人は、希望的観測と予測を混ぜてしまう。
キャッシュフローを見たり決算を予想したりして株価を予想するのではなく、「値上がりしてほしいな、成長してほしいな」という願いが少し入ってしまう。
それに自覚できずに株を持ち続け、そして株価が暴落する。
希望的観測の例④ワープロ
1989年に「ワープロはいずれ無くなるのですか?」という質問を受けたメーカー各社は、「無くなるわけがない(と願っている、根拠はない)」という希望的観測を言っていた*4。
結果、ワープロは淘汰された。
ここで問題なのは、未来予測が外れたことではない。根拠ある予測と、「無くなるわけではないと願う」という主観の希望的観測を混ぜたことだ。彼らは、「~というデータから、三つのシナリオが予測される。もっとも、一つ目の”無くならない”という結果を個人的に願っているが。」と、根拠がある予測とそうでない希望的観測を自覚的に区別すべきだった。
予想される反論
希望的観測が好きな人は、以下のように反論するかもしれない。
①「希望的観測が当たることもあるじゃん」
確かに、希望的観測がたまたま当たることもある。例えば、滋賀県のあるケーキ屋さんは、「冷凍自販機でうちのケーキが売れたらいいな」と願い、たまたま爆売れした*5。
ただこうした希望的観測は運任せであり、成功させる確率を上げることはできない。
②「ピグマリオン効果あるじゃん」
教育心理学に触れたことがある人は、「教師が生徒に期待すると、生徒の成績が上がるというピグマリオン効果がある。経営者が社員に対して『きっとできるよ』と希望を持たせれば、会社全体が成長するかも」と言うかもしれない。しかし、心理学の有名な論文によると、その効果は小さいという*6。
③「希望を持つことの何が悪いの?」
確かに、「夢を現実にするんだ!」という熱い人は、希望を持つことによってその過程で努力できる。しかし、希望とは別に根拠ある予測をしない限り、博打に終わるだけだ。
モチベーションとしての希望は良いが、希望だけに頼る根性論は危険である。
結論
上記の教訓を整理すると、以下のようになる。
・希望を持つことでモチベーションは高められる
・しかし、予測に希望的観測を含ませてはいけない
・ビジネスマンは計画を立て、研究者は過去の歴史から未来を予想する。その際、彼らの予想がデータ等に基づく予測なのか、「こうなったらいいな」という望みを含んだ希望的観測か、見極めよう
*1:ヨーゼフ・シュンペーター(2016年)『資本主義、社会主義、民主主義 I』大野一訳、日経BPクラシックス、p. 98
*2:William A. Sahlman (1997) “How to Write a Great Business Plan”, Harvard Business Review, https://hbr.org/1997/07/how-to-write-a-great-business-plan
*3:児島襄(1965年)『太平洋戦争 上』、中公新書、p. 27
*4:togetter(2021年)「『ワープロは、いずれなくなるのですか?』1989年当時の各メーカーの回答と現実を比べてみた『希望的観測ってやつ』」、https://togetter.com/li/1659542
*5:朝日新聞(2021年)「ケーキの自販機、希望的観測からの大成功 食品ロスに心を痛めて冷凍」https://www.asahi.com/sp/articles/ASPD56VMQPCVPTJB00H.html
*6:Jussim, L., & Harber, K. D. (2005) ”Teacher Expectations and Self-Fulfilling Prophecies: Knowns and Unknowns, Resolved and Unresolved Controversies", Personality and Social Psychology Review, 9(2), p. 131-155, https://doi.org/10.1207/s15327957pspr0902_3