プレゼンテーションや説得の方法は、数々の本で紹介されている。結局何を信用すれば良いのか?本記事では、論文を基に説得の方法を調べた。「説得には、エトス・ロゴス・パトスが大事らしいよ」という浅い理解では終わらせない。
アリストテレスから学ぶ
「古代ギリシャの哲学者アリストテレスによると、エトス・ロゴス・パトスが大事ですよ」という話は手垢が付いている。そこで、アリストテレスをより深く理解してみよう。
スティーブ・ジョブズのプレゼンテーションを支援したカーマイン・ガロは、アリストテレスの主張を以下のように整理する*1。
人を説得させるときは、
①信頼を得る: 自分の主張を展開する前に、自分がほかの人々の幸福を大切にしていることを伝える。そうすることで、聴衆からの信頼を得る。人間は本能的に、短時間で他人を信頼する理由を探すという。
②論理的に話す
③個人的なストーリーを語る: 失敗、不器用さ、逆境、危険、大惨事などについて本音で語れば、より短時間で深いエンゲージメントを築くことができるという。ストーリーの重要性は、感覚ではなく神経科学で明らかになっている。
④メタファーを使う: メタファーとはざっくり「例え」のことだ。聞き手が知らないことを、聞き手がすでに知っている何かに例えると、理解を促すことができる。
⑤少ない言葉で簡潔に語る: ロンドン大学キングス・カレッジのエディス・ホール教授によると、言葉が少ないほど説得できるという。
ドリー・クラーク教授から学ぶ
デューク大学フクア経営大学院で教授を務めるドリー・クラークは、(自分のアイデアを聞き手に説得させることを目的とした)プレゼンテーションを行う前に確認すべきことを、以下のようにまとめている*2:
①あなたが解決したい問題は何か?:文脈やなぜ重要な問題なのか
②なぜ今か?:緊急性を強調することで、聞き手に「後回しでもいっか」と思わせない
③そのアイデアはどう吟味されたか?:「最適解を知るために100人の研究者にインタビューしました」など、発表内容までの努力をアピールする
④構造を簡単なものにしたか?:聞き手の理解のため、複雑な内容を「Step1, Step2, Step3」のように簡単な構造に変える
⑤ストーリーが含まれているか?:事実を誇張しない程度に、一つ以上のストーリーを入れる。そうすることで、より明確な理解を促す
⑥聞き手に行動を促しているか?:会社に投資する、プロジェクトの予算を承認する、といった具体的な行動を促す内容を入れる
上記のチェックリストは、ビジネス的な説得に絞って想定されているが、そこでもストーリーの重要性が指摘されている。どんなプレゼンテーションにおいても、ストーリーは効果的だろう。
社会が聴衆なら、思想を実物にしよう
一般的なプレゼンテーションの場合、聴衆は一般客や投資家だ。この「聴衆」を社会全体だった場合、どのような説得が効果的だろうか。それは、考えを実物にして見せることだ。メディアアーティストの落合陽一教授によると、実物を見せることで、思想が広がり、エコシステムができるという*3。
19世紀哲学は実装を伴いませんでした。ニーチェは実装ができなかったから限界があったのです。ニーチェがもしワトソン(※IBMの人工知能)を作っていたら、より強固だったと思います。ニーチェがワトソンを作ったうえで「人間というのはほぼ人工知能と区別がつかない」と言い、その上であの本を出していたら、かなりソーシャルインパクトがあったと思います。物を伴わない哲学はプレゼンテーション能力が極めて低いので、生態系をつくれません。生態系をつくるには、物にして見せるのが一番です。「実装なき哲学」はもう要りません。例えば黒川紀章がメタボリズムについて語ったり、ザハがコンピューテーショナル建築について語ったりすればインパクトがありますが、それは物が伴っているからです。(中略)「重力から自由になれるでしょ」と言われても人は簡単に理解できません。でも、ザハが設計した訳の分からないフォルムの建築物が実際に建つことで、「ああ、そういうことなのか」と分かります。
実物もメタファーもそうだが、「聴衆に馴染みのない内容を、聴衆に馴染みあるものに変換する」作業が重要だ。
上記で、特に「ストーリーを入れる」「最初に信頼を作る」「メタファーを使う」「アイデアを吟味したことをアピールする」「行動を促す」「実物で思想を伝える」ことは、新鮮で示唆深い。
*1:カーマイン・ガロ(2019年)「説得力は2000年前から不変のスキルである」、Harvard Business Review、https://dhbr.diamond.jp/articles/-/6054?page=2
*2:Dorie Clark (2016) ”A Checklist for More Persuasive Presentations”, Harvard Business Review, https://hbr.org/2016/10/a-checklist-for-more-persuasive-presentations
*3:未踏社団「実装なき思想は、もう要らない。」、天才エンジニア「未踏」の挑戦、https://www.procommit.co.jp/mitou/ochiai-yoichi