通説以上、陰謀論未満

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「多様性が大事だから、移民の文化を全て受け入れよう」←ちょっと危険

人手不足の解決策として、しばしば移民が議論される。しかし、「移民の文化も大切にしよう。多様性の時代だから。」と考えるのは安易だ。もちろん差別してはならないが、多様な文化を一箇所に集めると、社会秩序が乱れる可能性があるからだ。

昔の中国はそれで失敗している

 4世紀頃の中国は五胡十六国時代と呼ばれ、複数の国が乱立しては滅ぶ混乱の時代だった。その国の一つにチベット系の前秦という国があり、その第三代皇帝に苻堅(ふけん)という人がいた。苻堅は、色んな民族の平和な共存を目指す「四海混一」という理想主義を立てる。例えば、血の繋がった集団をあえて都市から離れた場所に移住させたり、それ以外を都市に寄せたり、多くの異民族が平和に共存する世を目指した。しかし、「符堅が亡くなると再び分裂してしまい、彼の理想は実現しなかった」という*1。つまり、異文化を共存させた結果、分裂を招いたのだ。

 今日においても、「ある集団Aが、彼らが脅威と感じている集団Bと共存させられると、その集団に攻撃的になる」という比較研究がある*2

 とりわけ警戒し合っている異民族が一箇所に集まると、共存ではなく攻撃し合う可能性がある。

 

「差別文化」を多様性の一つとして受け入れられるのか

 加えて、全ての文化を受け入れることは、言葉として素敵だが現実的には難しい。なぜなら、他文化には日本人が受け入れられないような文化が含まれているからだ。例えば、男尊女卑の風習が強い正統ユダヤ教徒が移民として日本に来たとき、彼らに「多様性の時代だから、あなたたちの文化ももちろん受け入れます」という態度で接すると、日本に男尊女卑の文化が入ってしまう。

 日本人にとって「差別」とされる文化を持つ移民が入ってきたときに、それを多様性の一つとして許容するのは困難だろう。

 

多民族を共存させようとして失敗した中国史、警戒する異民族への攻撃性を示したという論文、「差別文化」を受け入れることのジレンマ。

それでは、この困難をどのように解決すべきだろうか。

 

カレン・ステナーの解決策

政治心理学者のカレン・ステナーは、「民族、政治、倫理など多様対象についての寛容も権威主義的性格に強く規定され、その影響は社会規範に対する脅威感により強化される」として、

 「人を結びつける共有された信念や制度、プロセスがマイノリティーへの寛容な精神を生む。多文化教育プログラムが潜在的なバイアスを表面化する」

 「移民についての多文化主義的なアプローチを棄却して、移民の同化を推奨することが求められる」

 と、全ての文化を尊重するのではなく、「共有された信念や制度、プロセス」や「同化」を推奨している*3

 

この問題は学術論文で多く語られている

以上の事例から、私自身の一時的な結論は、「移民の文化を差別してはいけないが、日本文化に基づいた共通の価値をシェアすべき」というものだ。

差別しないのはもちろんだが、他文化に寛容になるだけでは亀裂が生じてしまうことを認識すべきだ。違いを認めながらも、どこかで足並みを揃えなければならない。

しかし、こんな簡単な言葉では片付けられないほど複雑な問題であり、それ故に学術的には多くの論文で議論されている。

 

学術的には、「同化主義(一つの文化にしようよ派)」と「多文化主義(みんなの文化を尊重しようよ派)」という言葉で、1980年ごろから議論されている。更に、「リベラル多元主義(みんなの文化を緩く尊重しよう派)」や「コーポレイト多元主義(みんなの文化を尊重しまくろう派)」という言葉もある。

多様性や移民に興味のある方は、上記の学術的な単語を参考にしていただいて、論文を読んでみよう。

*1:寺岡伸章(2009年)「多民族国家をつくろうとした北魏孝文帝」、中国実感、科学技術振興機構https://spc.jst.go.jp/experiences/impressions/impr_09011.html

*2:Vorauer JD, Sasaki SJ. (2011) "In the worst rather than the best of times: effects of salient intergroup ideology in threatening intergroup interactions", Journal of Personality and Social Psychology, 101(2), p. 307-20.

*3:Karen Stenner(2005) "The Authoritarian Dynamic", Cambridge University Press.