通説以上、陰謀論未満

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「起業したい!」「政治家になりたい!」「リサイクルしたい!」に共通する違和感

事業による社会への価値提供が目的であるにもかかわらず、手段である起業がしばしば強調される。二酸化炭素を減らすのが目的であるにもかかわらず、手段であるリサイクルがしばしば強調される。こうした手段の目的化は、さまざまな分野で問題視される。

本記事では、具体例を通して、手段の目的化を体感してもらいたい。

起業は手段、目的は事業による社会への価値提供

手段の目的化の一つ目の例は、「起業したい!」である。

会社は「公器」と呼ばれ、事業による社会への価値提供が求められる。仮に「事業を通して世の中を便利にしたい」と思うならば、起業という手段にこだわる必要はない。

世の中を便利にするアプリを作っている大企業に入って、そのアプリを普及するためにマーケティングしたっていい。他の会社に営業してそのサービスを契約させてもいい。投資家として、便利なアプリを思いついた友人に出資したっていい。便利なアプリの普及を阻害する法律を変えるために、国会議員に請願したっていい。

なにも起業だけが選択肢ではないのだ。

 

なので、「とにかく起業したい!」という人を見ると、少し違和感を感じてしまう。

それって、事業を通して社会に価値を問いたいんじゃないくて、「自分をバネにして社会に影響与えた感を味わいたい」という承認欲求じゃない?社会に価値提供したいんじゃなくて、起業家になって周りから注目されたいだけじゃない?と。

スタートアップを研究する加藤雅俊教授によると、起業家は価値提供だけでなく、「自由に仕事がしたい、命令されたくない、自分のやりたいことをやる、という意識がある」そうだ*1

 

もっとも、起業を最初から目的として設定しているなら全く問題ない。

「日本にエクイティで資金調達する環境を増やすため、起業を目的化しよう。とりあえず起業しまくれ!」と、意識的に起業を目的化する策も考えられる。

起業を否定したいわけではない。あくまでも、無意識的に手段を目的化してしまう例として理解してほしい。

 

政治家は手段、目的は社会課題を解決すること

手段の目的化の二つ目の例は、「政治家になりたい!」である。

これも起業家のパターンと同様だ。

「社会課題を解決したいです。だから政治家になります。」という人には、「なぜ政治家?」と問いたい。

日本の貧困を無くしたいなら、NPOに入ってもよい。「貧困を救う法律を作って欲しい」と政治家にロビー活動をしてもよい。既に支援活動をしている大企業に就職してもよい。それこそ、起業して貧困を無くすための事業を行なってもよい。

日本の貧困を無くすという目的を達成したいなら、貧困の現状認識を行い、目的から逆算しながら最も現実的な手段を選択すべきだろう(もっとも、現状認識を試みると、日本国民全員が総貧困化しているという事実が分かってしまうのだが)。

 

リサイクルは手段、目的は二酸化炭素を減らすこと

リサイクルにはいくつかの種類があるが、そのうちサーマルリサイクルは環境団体から嫌われがちだ。しかし、二酸化炭素削減という目的を見失わなければ、サーマルリサイクルも悪くないことがわかる。

 

サーマルリサイクルは、マテリアルリサイクルと比して資源・エネルギー消費の削減効果が3倍ある*2。加えて、みずほ情報総研株式会社らの調査によると、「一定程度の効率を持ったエネルギーリカバリー(≒サーマルリサイクル)は、マテリアルリサイクルおよびケミカルリサイクルと、環境負荷削減効果において、 劣るものではないことがわかった」そうだ*3

 

二酸化炭素を減らす」というそもそもの目的から逆算すれば、サーマルリサイクルが悪くないことがわかる。欧州の定義する「国際基準のリサイクル」という手段を目的化して「もっと日本は国際基準のリサイクルを増やさなきゃ」と考えるのではなく、二酸化炭素削減という目的から逆算して考えるべきだ。そうすれば、削減効果を過小評価しないで済むだろう。

 

その他の具体例

このように、手段の目的化は世の中に溢れかえっている。

教育では、「より良い教育をする」という目的から離れ、手段が重視されることがしばしばある。データ化しやすい選択式のペーパーテストを増やすことで、生徒の考える力が失われることがある。授業にタブレットを導入したことで、機械に疎い先生が円滑に授業を進められなくなる。データ化もタブレットも、より良い教育のための手段に過ぎない。

 

他にも、知識を社会でアウトプットすることが目的なのに、その手段である「勉強する」「資格を取る」「論文を書く」「良い大学に行く」「成長する」「本を読む」をゴールにしてしまう人(「成長したいです!」はその悪い例だ)。

現場の不正やミスを早期に発見することが目的なのに、その手段であるコンプライアンスを中心に考えるせいで、「事業をコンプライアンスに合わせよう」と考えてしまう会社。

好きな人と一緒にいることが目的なのに、その手段である結婚に焦るせいで、「早く結婚したいです」と手段を重視する独身。

事業を通して社会的弱者を救うことが目的なのに、その手段である事業を継続しようと、政府からの補助金をひたすら貰い続けるNPO

事件の解決や再発防止が目的なのに、その手段である容疑者逮捕の時点で満足してしまうメディアや世論。

国民が幸せになることが目的なのに、その手段であるGDP増加に執着するが故に、「GDP増加には貢献するが、国民の幸せには繋がらない」無駄な公共事業を推進してしまう政府。

独自の能力が市場から評価されることが目的なのに、その一手段である「グローバルな活躍(海外の大学院、外資系企業、世界で活躍したい)」に過度に憧れてしまうエリート。

手段の目的化は、どこでも見られる現象だ。

 

補足①

ただ、本記事は自覚せずに手段を目的化しまった場合を危惧するものだ。

意図的に手段を目的化しているなら、問題ない。

例えば、新しいテクノロジーに対する「仕組みを良くするという本来の目的が達成されるか分からないが、とりあえず手段であるブロックチェーンを目的化して、ブロックチェーンに執着しよう。そうしたら、テクノロジーの早い変化に追いつけるだろう。」という態度だ。

 

補足②

「目的が誤った手段を正当化する」という恐れもある。

「世界中を民主主義にしよう」という目的は、「ならば権威主義国の国民を虐殺すれば良い」という手段を正当化できない。

*1:日経ビジネス(2023年)「日本のスタートアップ『不都合な真実』 トップ研究者が明かす」、https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00005/010500218/?P=2

*2:一般社団法人プラスチック循環利用協会「いちばんエコなリサイクル方法はどれ?-その2」https://www.pwmi.jp/plastics-recycle20091119/future4/

*3:海洋プラスチック問題対応協議会(2019年)「プラスチック製容器包装再商品化手法およびエネルギーリカバリーの環境負荷評価(LCA)」、https://www.nikkakyo.org/system/files/Summary_JaIME%20LCA%20report.pdf